カテゴリー別アーカイブ: 福井 直哉先生

【直哉のつぶやき】夢の実現に向けて

高校で出会ったトランポリンを大学へ行って更に極めたい!と大きな目標を持ち石川県のド田舎から大阪へ来た17歳の春。

入学前に行われた春季合宿へ参加し、高校とは違った練習内容に度肝を抜かれました(汗)

アップは持久走、柔軟でしっかり汗!続いてタンブリング(マット運動)でバク転、バク宙、フルツイスト、、、。
そして本練のトランポリン。

私は田舎仕込みのトランポリンだったので、一から基礎のやり直しでした。ライバルはそれをしり目にドンドン技が進んでいくのが実に羨ましかったことを覚えています。

しかしながら、その基礎のやり直しが、後々の成長に大きくつながったことは言うまでもありません。

最初は先輩から与えられた、基礎のやり直しが、最終的には自分から「徹底的に基礎をやろう」という目標に変わりました。

当時、厳しく指導して下さった先輩方や先生方に感謝感激です

写真:1984年(第13回大会)、1986年(第14回大会)往年のチャンピオン、ピロリーン選手(FRA)

【直哉のつぶやき】大学へ進学

12月は「目標を持つこと」について綴りたいと思います。

 

トランポリン漬けの毎日を過ごした高校3年間。

入学当初は高卒で国家公務員を目標としていました。瓢箪から駒?トランポリンとの出会いで、大学進学に進路変更を決意しました。

もし、高校でトランポリンを辞めていたならば、その頂点を見ることも、経験することも出来なかったと思います。目標というものは、しばしば人生を送るうえで変わるのも、また事実です。

安定した公務員になり、平穏無事な人生を送ろうと考えて想像していましたが、目標が変わったお陰で大学生活では、多くの大会(国内、国際)に出場出来ました。

そしてライバルと出会い、多くの友人を作ることも出来ました。

イアスに通っているお子さんたちの中には、オリンピック選手を夢見て毎日練習に励んでいる選手、バッジテストの1級を目指している生徒、バク転や逆上がりが出来るように汗を流しているお子さんもいます。

あなたの「目標」は!?

写真:イアスFSCオープン当初(2013年からの設置の看板)

【直哉のつぶやき】心にブレーキをかけるとダメだな!

高校3年間の競技成績は大きな失敗もなく、入賞、3位や2位がほとんどでした。
なぜか見事に優勝にご縁が無かったです(笑)

それまでの活躍が学校に認められ、同好会からいよいよ正式な部へと認められました。学校で練習が出来る環境になり、益々技も増えて行きました。その結果、全国高校選手権大会では頂上のAクラス部門に出場することが出来ました。

大会結果は、優勝:古沢選手(羽曳野高校3年)2位:岩元選手(羽曳野高校3年)
そして私が3位でした。

1年生の時に出会ったその2人はやはり当時から上手でした。勝てない気がずっとしていました。

やはり自分にフィルターを通すのは良くないですね。無意識にブレーキとなってしまうんですよね。高校最後にその事を学びました。
 
 
写真:トランポリンに対して無言で背中を押してくれた父親

【直哉のつぶやき】ハイレベルな技を見て驚愕!

高校1年生の大会は、その夏に出場した全国高校選手権大会が唯一の大会となりました。

高校2年になり、技も増え、難度も順調に上がり今度は西日本大会に出場することになったのです。

西日本大会は、小学生の低学年、高学年部門、中学生部門、高校生部門、大学部門、一般部門に分かれていました。※今も変わらず当時のままの部門で競い合っています。

一年前は高校生だけの大会でした。
しかし今度は大学生、一般の選手が一同に集う訳です。

見たこともない技、綺麗な演技、とてつもない高いジャンプ、、、唖然としました。

一瞬に「あんな風に自分もなってみたい!」と強く思ったことを、今でも鮮明に覚えています。どうせやるなら頂点を目指したい!という欲望が同時に沸いてきました。
 
 
写真:アルプス山脈の頂上を望む

【直哉のつぶやき】初の大会が全国レベル!

全国高等学校選手権大会出場を決心し、そこから恩師山本先生とのマンツーマン指導が始まりました。

とは言っても、トランポリン台が高校にはなく、週1回の町営体育館以外は隣町のトレーニングセンターにあるトランポリンを使わせてもらいながらの練習でした。

そのセンターのトランポリン台は大会仕様の競技用ではなく、普及用のミドル台でした。
従って夏休みに入り、先生の地元(石川県珠洲市にある飯田高校)で合宿を行い、大会に臨むことになりました。

順調に規定演技もマスターし自由演技も何とか戦えるまでの難度点を組むことが出来ました。大会のクラス(部門)は、BクラスとAクラスでした。もちろん私はBクラスに出場し
な、なんと見事に3位を獲得しました。

初競技、初舞台、初遠征の初物尽くしでしたがその年の夏休みでの「最高の思い出」を創ることが出来ました!

調子に乗った私はますますトランポリンにのめり込んで行くことになったのです(笑)
 
 
写真:上記大会で授与された賞状

【直哉のつぶやき】まさか大会に出場!?

必修クラブは基本毎週1回、高校近くの町営体育館にて行われました。

同級生の数人でスタートしました。その中には中学の部活で体操競技を経験した2名がいました。男子は松井君、女子は金森さんです。その2人は体操をやっていたので、回転に加えて捻りも上手でした。一方私は、中学は野球部でしたので、回転は出来ますが捻りはとことん下手でした。

高校入学当初、野球同好会に所属していたのでトランポリンは週1回楽しむ娯楽的な位置づけでした。しかしながら必修クラブを通じて、トランポリン愛が高まって行き、とうとう野球からトランポリンに鞍替えを決心しました。

とある日、山本先生から「福井君、大会に出てみない?」と誘いがありました。

「夏休み期間中に、地元の石川県で全国高校選手権大会が開催されるので良かったら
 一回出てみまっし!」

えーいきなり初大会が全国大会レベル???
 
 
写真:初出場した大会の試合ユニホーム

【直哉のつぶやき】恩師との出会い

私がトランポリンを始めたきっかけは、高校1年生の時の週一開講授業の必修クラブでした。

いろいろなスポーツ種目があったので事前アンケートがあり、第一志望にバトミントン、第二志望にトランポリンと書きました。案の定、バトミントンが人気のため、私はトランポリンに回されました(笑)

小学生のころから、自己流でバク転、バク宙は出来ていたので回ることは大好きでしたしトランポリンにも興味がありました。

いざクラブが始まると、指導教官はなんとトランポリンの元日本代表の女性先生でした。その名は「山本 久枝」先生です。東京女子体育大学出身の新卒2年目の先生でした。

その先生との出会いが将来の進路を決定することになるなど露知らず、、、。

続きは来週へ!
 

写真:恩師、山本先生(中央)と。

【直哉のつぶやき】第57回全日本トランポリン競技選手権大会

今週末の金曜から日曜にかけ三重県四日市市で開催されます。

タイトルの通り今年で57回を数えます。
私が1歳の時にこの大会がスタートしたことになります。

私の全日本選手権のデビューは高校2年生の第16回大会でした。
当時はAクラスBクラスの2部門で競われていました。

現在は出場するには予選を通過した選手、男女各65名、合計130名の1部門で競い合います。

今年は新型コロナですべての大会が消滅し、本大会が唯一(今のところ)開催される競技会となっています。コロナ禍の状況において、この全日本最高峰の優勝を飾るのは果たしてどの選手になるのでしょう?

興味ある方はWebでぜひご確認ください。
 
 
写真:昨年開催の第56回大会に市川選手(中央)と岩井コーチ(右端)

【直哉のつぶやき】Theory

機会がありゴルフを再開しました。

それまでは2年に1回のペースでコースを回っていました。もちろん事前練習なしのぶっつけ本番です。スコアももちろん惨憺たるもの!

しかしながら惨めなスコアに奮起し、YouTubeで参考になる動画を見たり、練習場で練習したり、友人と実際にコースをラウンドしました。

そんな中、我流、自己流の練習では限界と壁があることに気づきました。静止しているボールを打つのがゴルフです。その打つ場面は、足場(傾斜)、残距離、雨・風、フェアウエイ・ラフ・バンカー、使用するクラブなどその日によって色々な環境があります。

その環境に合わせてステディにボールをショットするには、やはりセオリーに従って打つことが肝なんですな。

物事を成すためには正しいセオリーを正しく学び、実践することを学んでいます。
 
 
写真:利用したゴルフ場

【直哉のつぶやき】段取りと経験が物を言う!

先月中旬、無事に実家での秋の収穫を終えることができました。

台風9、10号が続けて上陸でしたが、田んぼには大きな被害も無く新米を刈り取ることができました。

今年の稲刈りはほぼ一人で奮闘のため、事前準備と毎年積み上げた経験が物を言います。

コンバイン、乾燥機など機材の点検準備、秋は露が降りるので、稲穂の露払いも作業の重要なポイントとなります。

親から農業を引き継ぎ20年が経過。
田植えも、稲刈りも毎年その時期の1回しか経験出来ません。

当初は見様見真似の船出だったが、その貴重な経験を積むことで体力の衰えをカバーできることの気づきに毎年遭遇しています。
 
 
写真:今年の稲刈りも無事に終了!